2016.12.31

今年も一年ありがとうございました!

今年も一年間茶来未をご愛顧下さり誠に有難う御座いました。
茶来未の日本茶啓蒙活動の一環のご報告と共に、今年一年の茶師佐々木の想いを
綴らさせていただきます。
本年も最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。
この一年を振り返りいろいろと思うこともたくさんありました。特に、日本茶が持つ可能性を大いに感じる一年でした。国内市場が頭打ちになり、海外に打って出ていくような事をよく言われる方がいます。勿論、内需が飽和しておりマーケットがない中で勝負をしなければいけない業種もたくさんあるでしょうし、各会社の方針ですからここで論ずる事もしませんが、こと日本茶に限れば内需は飽和しているのでしょうか、私は全くそう思いません、毎月数回にわたり講演・体験・メディア出演をさせていただいております、講演会後の質疑応答やお茶の淹れ方講習、体験ツアー・・・リアルな声を聞くなかで一番多いのは、「日本茶を今まで知らなかった」「こんなに素晴らしい飲み物が日本にあったのですね」等々・・・現代人の感覚はペットボトル=日本茶なのでしょう。
メディア出演後の反響は毎回ものすごくお問い合わせを頂きます。
私は機を照らしたことを言っている訳ではないのですが・・・
「あー今まで茶業界は御客様(消費者)に何を伝えてきたのだろう、専門店(販社)は何を訴求してきたのだろう」日本茶離れなど簡単に言うメーカーや販社をみるとがっかりします。しっかりと末端まで伝え切り、育て上げて売れないというのであれば仕方がりません、他の嗜好性飲料と同じ土俵に上がる前に昔は売れたとか、日本茶は高齢者が飲むものだとか聞きますと悲しい気持ちになります。
日本人は昔から、舶来品は良いもので自分たちの身近にあるものは駄目なものと思い込む癖があるのでしょう。
たとえば日本が初めて参加した国際博覧会は幕末の1867年、幕府および薩摩藩と佐賀藩が参加したパリ万国博覧会(第2回)であり、この時紹介された浮世絵はモネらフランスの画壇に影響を与えたことは広く知られています。これらが「ジャポニスム」と呼ばれました。
「浮世」という言葉には「現代風」「当世」「好色」という意味もあり、当代の風俗を描く風俗画であり、芸術という認識がなかったと思われます。現代風に言ったら漫画でしょうね、私が小学生のころはマンガなんて・・・とよく親に言われましたが、今は日本の世界に発信するポップカルチャーの代表的存在です。
日本茶に秘められたポテンシャルに気付いた時には、畑がありませんなんてシャレにならないように来年も頑張ってまいります。
皆様、世界最古の国とはどこの国かご存知でしょうか。
ギネスブックにも登録されております、そう我が国「日本国」なんです。
2700年前に神武天皇から始まっております、日吉大社は、崇神天皇7年に、日枝山の山頂から現在の地に移されたといいます
国のかたちができて、600年後の事です。
以下抜粋
文献では、『古事記』に「大山咋神、亦の名を山末之大主神。此の神は近淡海国の日枝の山に坐し」とあるのが初見だが、これは、日吉大社の東本宮の祭神・大山咋神について記したものである。日枝の山(ひえのやま)とは後の比叡山のことである。また、日吉大社の東本宮は、本来、牛尾山(八王子山)山頂の磐座を挟んだ2社(牛尾神社・三宮神社)のうち、牛尾神社の里宮として、崇神天皇7年に創祀されたものとも伝えられている。なお、三宮神社に対する里宮は樹下神社である。
西本宮の祭神・大己貴神については、近江京遷都の翌年である天智天皇7年、大津京鎮護のため大神神社の神が勧請されたという。以降、元々の神である大山咋神よりも大己貴神の方が上位とみなされるようになり、「大宮」と呼ばれた。
平安京遷都により、当社が京の鬼門に当たることから、鬼門除け・災難除けの社として崇敬されるようになった。
いろいろなご縁をいただき、歴史を紡ぐ事を今年の抱負として精進してまいりました。発する言葉は「言霊」ですから、歴史の1ページになる日吉大社名誉茶師佐々木健の称号も頂けた事はまさに言葉に発したためなのかなと思います。
来年も茶来未スタッフ一同日本茶に邁進してまいります。今後もご寵愛いただけましたら幸いでございます。
皆様の来年のご多幸をお祈り申し上げます。
株式会社茶来未 代表取締役佐々木健
山王総本宮 名誉茶師佐々木健